【高校3年生山口君との対談 政治家は大衆迎合していいのか】

山口君は、都内の高校に通う3年生。



ヘイト・スピーチ禁止条例や、在日コリアンの友人が差別にあってないか関心を持つようになり、「差別を無くしたい」という想いから、①弁護士になって、外国人の地方参政権が認められるよう、裁判で勝って流れを変えたい、②政治家になって、外国人の地方参政権が認められるようにしたい。


①か、②の手段で、差別の無い世の中に貢献したいということで、逗子市の常設型住民投票条例に関心をもったということで対談の申し入れがありました。





Q.逗子市はなぜ、外国人の住民投票条例への参加を認めたのか? A.平成18年の制定当時、それまで歴代の7人の市長のうち、4人が池子米軍家族住宅の問題で、出直し市長選挙(一旦辞職して信を問う選挙のこと)で辞めている。


元来、市長選挙はシングル・イシューで戦うべきものではない。


自分たちのまちのことは自分たちで決めるという原則を貫徹するためには、常設型の住民投票条例を有すること自体が国への対抗力になると考えた。


この条例を策定するにあたり、公募市民、学識経験者等からなる審議会で素案をいただいた。


その中で、「3か月以上居住の外国人や投票権を認めるべき」という意見が出された。


原案をそのまま尊重して、議会に諮ったが、当時の逗子市議会では自民党から共産党まで全ての党派を超えて賛同が得られた。

Q.外国人の住民投票は認められるのに、参政権はなぜ、認められないのか? A.外国人の地方参政権と住民投票への参加は違う。


地方参政権は、首長や議員を直接選ぶ権利。住民投票は、その結果について、当該自治体の首長が尊重義務は要するものの、拘束はされない。


このため、地方参政権と住民投票条例への外国人の参加は別のものである。

Q.東京都の武蔵野市では住民投票への外国人参政権が否決された。現状をどのように捉えているのか? A.この15年で政治情勢が大きく変化した。尖閣問題や水源地の外国資本の買収などの報道により、外国人の参政権について慎重になる意見を持つ方が以前に比べて増えたのは事実だ。


私は古来から、納税者が自分たちのまちことは自分たちで決めるという原則にしたがって、在住外国人もまちづくりには参加してきたことを考えれば、例えば、津波対策の高さ規制を変えるためのまちづくり条例の改正の是非を問う住民投票は、在住の外国人も参加できるようにしたままにすべきと考える。


もともと、外国人にも単独で対応可能な住民監査請求の権利を認められるが、50分の1の連署が必要な事務監査請求はできない。


地方公務員になれるが、管理職には登用されない。


これらと同じように、国防や警察など治安維持に関するテーマについては、日本国籍を有する方に限定した方が、逆に、異論を解消して在住外国人の住民投票への参加を促進するようになると考える。


これらは差別ではなく、合理的な区別であり、憲法判例でも認められている。

Q.多様な意見を反映させる目的は何か? A.多様な意見を反映させたほうが、まちづくりを画一的なものから進化させる可能性が高まると思う。


全世界的にみて、全国チェーン店の展開、どこのまちにもあるようなインフラ整備。


一定の生活水準に達するようになるまではそのような発展も必要だが、生活がある程度豊かになり、人口減少社会では独自性に欠けるまちは淘汰されてゆくことになる。


今後はまちのオリジナリティが益々問われてくる。つまり差別化できる視点を有するひとたちの存在の有無がカギを握る。


ことまちづくりに関するテーマについては、納税者は誰でもモノをいう権利を有すべきであるし、在住外国人やLGBTの方や、障がいを有する方など多様な意見や視点を有するひとたちをまちづくりに巻き込んでゆかないとまちの発展はないものと考える。

Q.「国籍」って、なぜ、必要なの? A.政治学者のフランシス・フクヤマは『政治秩序の諸起源』という著作の中で、政治を機能させる3つの制度として、①国家、②法の支配、③説明責任を挙げている。


国籍は、内として国家に所属する人、つまり国民を決定する機能を有しており、①国家に所属する人が誰にするかというルールを定めたものが国籍法。


政治を機能させる3つの要素のうち、国家と法の支配から考えても、「国籍」は現状必要だと思います。


確かに、将来的に世界政府ができて、地球がひとつの政府によって統治されるようになれば、国籍は必要なくなるかもしれない。


しかし、現状ではロシアとウクライナが戦争をしているように、国家間の紛争がある以上は、まだまだ当面は「国籍」という制度が必要にならざるを得ないものと考える。


外国人の住民投票条例への参加について異論が全く出なかった状況がたった15年で大きく変化したように、山口君と僕は40年近く歳が離れているから、山口君が僕の年齢になる頃には状況が変化しているかもしれない。


だから、ひょっとすると今、山口君が「差別を無くすために、国籍なんて無い方がいいのではないか」と思っていることがスタンダードになる時代が来るかもしれない。


もちろん、その逆に、もしかするとさらに知れば知るほど、「国籍」は大事な物だと考え方が変わる可能性だってあるかもしれないけど。


いずれにしても、外国人参政権については、賛成のひと、反対の立場のひと、それぞれの意見をさらに深堀してみるべき。

Q.最後に、政治家って落選を回避するために、大衆迎合主義(ポピュラリズム)に陥る危険性があると思うけど、それについてどのように思うか? A.確かに、政治家は落選を恐れるね。


緊張感がないと腐敗や堕落をし、あるいは緊張感があるからこそ、イノベーション(技術革新)を生むわけだから、選挙は大事な仕組みだ。


しかし、多くの民意を尊重すること自体が必ずしも悪い事とは思わない。


これだけ情報社会の中で、だいたいみんなが考えることは「かなりの確率で正しい」と思うから。


とはいえ、政治家がみんなの嫌がることででもときにはやらなきゃいけないときがある。例えば、税金を上げたり、ごみの分別を細かくしたり。


なぜ、市長や議員、衆議院議員の任期が4年だか、山口君は知っている?


それは、フランスの政治学者トクヴィルの著書『アメリカのデモクラシー』の中に記述しているが、国民、市民が嫌がる政策を実施しても、その後、3年くらい時間があれば、時間をかけて説明責任を果たしたうえで、選挙に臨めるようにしようと。


そのための猶予期間を含めて、議員や首長の任期は4年ということが米国の政治制度に組み込まれ、その後、世界に波及していったとされている。


だから、政治家は目に見えないものを見抜く力、つまり、先見力をもって、短期的な視点では国民や市民が嫌がることでも、長い視野に立ち、未来を予見してときには決断する能力が求められることがある。


つまり、ときにはみんなが気が付かないことを先回りして把握し、必要な政策を説得してまわること能力を持っていれば、民意に沿って判断すること自体は必ずしも悪い事とは思わないよ。