桐ケ谷市長の政治とお金の問題。


1998年12月に逗子市長に当選すると、選挙の翌日、たくさんの人たちが当選お祝いを選挙事務所に持参してきました。


このため、うちの選挙事務所はシャッターを下ろして、一切、受け取りを固辞しました。


それでも、火葬場の改修工事を控え、その会社の女性スタッフが事務所に一升瓶のお酒を置いて行ってしまったため、わざわざお酒を返しにゆくはめになりました。


他の日には、メロンが自宅に届いて、送り主にメロンを返しに出かけたら「俺のメロンをなぜ、受け取れないんだ」と叱られたことも。


さらには、久木の緑地を開発させてくれたら、某銀行のトップからお金をあげるからと露骨に言われたこともありました。


市長は、1.人事権、2.予算編成権、3.許認可権という大きな権限を有するたいへんな権力者です。


だから、私は1円たりとも献金を受けるべきでないと思って、98年-06年の逗子市長時代にそのようにやってきました。


桐ケ谷市長は、4年前の逗子市長選挙の際に、告示の3日前、告示の日、そして逗子市長就任の2週間後に、相次いで、あわせて50万円のお金を受け取っています。


特に、選挙の際だけでなく、当選後もお金を持ってこられて、安易に受け取ってしまう市長としての脇の甘さ。


桐ケ谷市長の政治とお金の問題は、市議選、市長選で焦点になると思います。