【運命を変えた1冊を発見】
- Kazuyoshi Nagashima
- 9月17日
- 読了時間: 3分

ずっと探していた本を偶然、見つけました。
中3のときに武蔵小杉駅の法政通りにある中原ブックセンターで出会ったのがこの本でした。
サーフィン、ダイビング、スキー、テニスなどの鎌倉書房のシリーズ本として店頭に並べられていましたが、ひときわ目を引いたのがこの表紙。
今から思えばウインドサーファー艇がこんなにジャンプするなんて笑っちゃいますが、カッコいいと思ってハートをわしづかみされました。
当時、高校受験で「公立高校に合格したら10万円あげる」と親に言われ、10万円もらったら何をしようかとあれこれ模索していた時期でした。
とにかく、現物を見たくて、当時住んでいた川崎市から茅ヶ崎駅まで電車に乗っていきました。
国道134号線沿いのゴッデスやそのほかのサーフショップを散策しながら、辻堂にあったウインドサーフィンショップまで歩き、初めてボード一式を目の当たりにしました。
そのウインドサーファー艇一式は狭い店内にセッティングされた状態で展示されていました。
10万円では手が届かないこと以上に、「こんなに大きいと車が無いと運べないや」とがっかりしたことを覚えています。
実際は鎌倉か、逗子に艇庫を借りて、川崎から海に通えば高校生からウインドサーフィンをやることができたのにと後悔しています。
もし、タイムマシーンがあるのならば、日吉の近くに住んでいたので、中学から真面目に勉強して慶応高校に入り、大学受験の心配無しに慶応のウインドサーフィン部に混ぜてもらい、ジュニアから全日本や世界選手権で活躍してみたかったです(笑)
とはいえ、当時は車が無いから無理という固定観念のもと、親からもらった10万円は小笠原父島、母島釣り旅行に使ってしまい、高校生の3年間はウインドサーフィンに触れることはありませんでした。
しかし、高校を卒業した直後に知り合いの知り合いが、5万円でウインドサーファー艇の中古艇を売ってくれるという話を聞きつけ、車でボードを伊東市まで受け取りに行き、ウインドサーファーとしての第一歩を踏み出すことになりました。
いずれにしても、自分のハートに火をつけたウインドサーフィンのガイドブックは何だったのか、長年気になっていました。
今でこそウインドサーフィンのレッスン本を書くような方々が近くにいるので、眞壁克昌さんか、それとも霜山厚さんか、あるいはNHKでもテレビレッスンしていた宮崎景さんか、誰が書いた本だったんだろうかと思っていました。
それが北郷敏明さんという恐らくJBSA(初期のウインドサーフィンの協会)の会長だったような方だったんですね。
とにかく、この本に出合っていなければ、逗子や鎌倉、葉山に住むことはなかったでしょう。
大学もサークルも就職も違ったものになっていて、今の奥さんにも出会っておらず、必然的に今の子どもたちも生まれておらず、人生が全く違ったものになったかと思うと、自分にとってコペルニクス的な影響力を持った一冊といえます。


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