知床岬に歩いて行く

道なき道を知床岬へ
当時の私は、まだバイクの免許を持っていなかった。そのため、北海道では、とにかく歩いた。
大雪山に登り、利尻山に登り、礼文島の8時間コースも踏破した。
その極めつきが、知床半島の羅臼側にある相泊から、道なき海岸線を歩いて知床岬を目指す計画だった。
往復約50キロ。
いま考えれば、あまりにも無謀だった。
知床岬周辺は、ヒグマの生息地である。それにもかかわらず、私は熊鈴さえ身につけず、熊への警戒もほとんどしていなかった。
まさに、怖いもの知らずだった。
しかし当時の私は、
「道がなくても、平坦な海岸沿いを歩くだけなら、何とかなるだろう」
と高をくくっていた。
旅の途中で知り合った名古屋の大学生も、一緒に行きたいという。こうして2人で、知床岬を目指すことになった。
潮に阻まれ、崖を登る
現在のように、インターネットで現地の詳しい状況を調べられる時代ではない。
私たちは海岸線の途中に、潮が引いている時間しか通れない場所があることを知らなかった。
磯の岩場をかなり進んだところで、行く手を海に阻まれた。潮が満ち、どうしても先へ進めない。
やむを得ず引き返すと、岩山から1本のロープが垂れ下がっているのが見えた。
「ここを登れば、道があるかもしれない」
私たちは、ほとんどロッククライミングのような状態で岩山を登った。
ところが、上に道はなかった。あったのは、漁師小屋のために設置されたらしいテレビアンテナだけだった。
すると、同行していた名古屋の大学生が、突然、名古屋弁で言った。
「お前が悪いんだぎゃ」
なぜ私だけが責められたのか、いまもよく分からない。
仕方なく再び磯へ下りた。すると、その間に潮が少し引いていた。岩づたいに慎重に進み、私たちはようやく最初の難所を突破した。
しかし、大幅に時間を失い、すでに夕方が近づいていた。
渡りに船とは、このことだった
このまま進めば、日が暮れる。
すると、名古屋の大学生が言った。
「俺、漁師に、コンブ小屋へ泊めてもらえないか交渉してくる」
知床の漁師にとって、夏はコンブ漁の最盛期である。採ったコンブを1枚1枚、海岸へ並べて干す。猫の手も借りたいほど忙しい季節だった。
大学生の交渉は、見事にまとまった。
私たちがコンブ干しを手伝う代わりに、食事付きでコンブ小屋へ泊めてもらえる。しかも、まだ10キロほど先にある知床岬まで、漁船で運んでくれるという。
「渡りに船」とは、まさにこのことだった。
計画どおりに進めなかったからこそ、思いもよらない道が開けたのである。
川魚を食べない漁師
私は疲れ果てていたが、リュックに忍ばせていた釣り竿を取り出した。
漁師小屋の裏手を流れる川で、オショロコマを釣ってみた。オショロコマは、北海道に生息するイワナの仲間である。
滝壺には魚が群れていて、餌をつけていない針にさえ飛びついてくるほどだった。釣りというより、針を入れれば魚がかかるような状態だった。
釣った魚を漁師小屋へ持ち帰り、
「これ、食べませんか」
と尋ねた。
漁師は、あっさり答えた。
「そんなの、食わねえ」
オショロコマだから食べない、という意味ではなかった。
「同じ鮭でも、海で捕ったものは食べる。でも、一度川へ遡上した魚は食べない」
それが、海とともに暮らす漁師の感覚だった。
実際、その日の夕食は、釣ったばかりのマグロの刺身だった。さらに、見たこともないほど大量のバフンウニが、ざるに山盛りになって出てきた。
都会では、とても考えられない食卓だった。
午前三時から、数百枚のコンブを干す
漁師小屋には、私たちのほかに漁師夫婦と、その子どもたちがいた。私たちより少し年下の、中学生や小学生くらいの女の子と男の子だった。
夏休みの間、家族全員で羅臼からこの海岸へ移り、コンブ漁のために小屋で暮らしていた。
翌朝の仕事は、午前三時に始まった。
対岸に見える国後島の上に、夜明け前の淡い光が広がり始めていた。
船から揚げられたコンブを、1枚1枚、海岸へ並べていく。
正確な数は覚えていない。おそらく、数百枚は干したと思う。休憩時間には、疲れ切って立ち上がれなくなるほどだった。
それでも、私たちは、その日と翌日のほぼ2日間にわたってコンブ干しを手伝った。
詳しくは本編で。。。
『好きな場所で、暮らしを続ける。』
長島一由 著 https://x.gd/x7Jyn
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なお、知床岬に真剣に歩いて行こうとする人は本当に危険ですので、最新の情報に注意を払うとともに「知床岬を歩いて往復してきた」という登山&アウトドガイドの沖本様の投稿などもよく読んで調べてから出かけてください。
https://yama-guide.com/2019/09/01/shiretoko-misaki-trekking/



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