【逗子開成ヨット教室】
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更新日:23 時間前

【逗子開成ヨット教室】
1980年代は、暴走族から東大合格した学生がエール出版の合格体験記に掲載されるくらい荒れた学校でした。
地元の某政党の幹部から、いくらでも裏口入学させることできたよ、という話を聞いたことも実際ありました。
しかし、徳間書店の徳間さんがてこ入れしてから、偏差値がうなぎ登り。
今では東大8名、早慶109名など、県内でも有数の進学校になりました。
この学校のセールスポイントは、ヨット製作、ヨットレース授業があること。
今日は、その保護者見学会のようでビーチが華やいでいます。
本当は、せっかく逗子だからウインドサーフィンの授業か、部活があればさらに有為な人材を輩出できるのに、と思うのですが、いやー、もったいない。
追記
逗子開成学園はそもそも、東大合格者数日本一の「開成」の分校としてスタートしています。
このため、さらに大昔は進学校だったというのもユニークです。
明治43年に歌や記念碑にもなり、有名な逗子開成ボート遭難事件が起きました。
12名の学生が犠牲になるという痛ましい事件でした。
ボートを逗子湾から江の島に向かって漕ぎ出したときに、「重くてボートが沈むから」と言って、ボートから降ろされたのが2名の少年。
一人は上村英輔氏で、もう一人は山田俊介氏です。
ふたりは命拾いをしたことで、あいつらの命の分まで頑張ろうと、逗子開成から、その後、二人とも東大に進学して、上村氏は日本石油の会長に。
そして、山田氏は今では考えられませんが、当時は官選知事だったので、青森県知事、福岡県知事を経て、初代逗子市長に就任して4期務めています。
この話は逗子市史を見て知り、ちょうど逗子開成が100周年のときの記念式典で当時市長挨拶を頼まれて、スピーチしたら、当時の校長もそんな話は知らなかったと話していました。
桐光学園や洗足学園など40年ほど前はそうでもなかったけど、今では超進学校に変貌した学校はいくつかありますが、逗子開成の場合はもともと進学校だったので、まさにV字回復した珍しい学校といえます。
そのV字回復をけん引したのが徳間書店の徳間康快さんで、当時の石原慎太郎都知事も一目置いて徳間氏を褒めていました。
石原さんは徳間さんを東京都写真美術館の館長にしたほか、徳間さん自身、スタジオジブリの初代社長として『となりのトトロ』や『火垂るの墓』をヒットさせた。
さらに、徳間さんはフジテレビの横澤彪プロデューサーにタイトルの付け方を伝授するなど、武勇伝が凄いです。
そういうことでは逗子開成学園をV字回復させた理事長であった徳間さん自身が、逗子開成出身で、卒業生の層の厚さを感じさせる象徴的な人物と言えます。
夕方、逗子海岸からウインドで出艇しようとすると、浜ランしている逗子開成の学生たちとよくすれ違いますが、この学生たちの中からまた日本をリードする人物が生まれたらと思います。



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